駆けろ!メガネプロダクション

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SNS小説『駆けろ! メガネプロダクション』連載第3話の1を配信!
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EPISODE 6

SNS小説『駆けろ! メガネプロダクション』連載第3話の1を配信!

新人声優「あいつはあんたが殺したも同然だ」

グラサン「いいや、違うね。選んだのはやつだ。俺は手を下しちゃいねえ」

新人声優「ふん、そんなに頑なになりぅな――ああぁぁ……」

 

グラサンは丸めた台本を手に、マイクの前で大きなため息をついた。窓の外はもう暗くなり始めている。

映画の吹き替えのために借りたスタジオの使用時間は、もう過ぎている。

 

新人声優「す、すみません! 何度も何度も同じところで……」

グラサン「……いちいち謝らなくていい。ミスなんざ誰でもやっちまうことだ。そんな暇があるなら、さっさと再開だ」

監督「いや、一旦休憩を挟もう。スタジオも次の使用者に渡さなきゃならんからな」

グラサン(マジかよ……)

 

*

 

グラサン「ツイてねえ」

 

曇った夜空を見上げて、グラサンがため息をつく。

どれだけ目を凝らしても、黒いアスファルトはよく見えない。どこまでが道でどこからが側溝かもわからない。月明かりはおろか星も出ていないとなれば、なおさらのこと。色つきメガネとして生産された宿命だ。

 

グラサン「宿命の悪さはおまえも一緒か」

 

子猫「……」

 

足下には段ボールに入った子猫がいる。茶色と白の茶虎。

段ボールの底には毛布が敷かれていて、すでに空になっている猫缶と、水の入った小さな皿が置かれていた。
捨て猫だ。どこからどう見ても。

 

グラサン(人間社会で生きてはいても)
グラサン「やっぱ人間は信用できねえよなあ……」

 

子猫「……」

 

仕事帰りである。
映画の吹き替えが長引いたのだ。結果、収録予定の時間には終わらず次のスタジオ利用者の終了を待って、夜に再開された。すべて終わったのは、深夜だ。
グラサン(新人がトチりまくらなきゃ、夕方にゃあ帰れたんだがな……。おまけにスマホを事務所に忘れちまうとは……。タクシーも呼べやしねえ……)

 

グラサンは子猫の入った段ボールの隣に腰を下ろす。
子猫はエメラルドの瞳でグラサンを見上げていた。

 

グラサン「……あ? 何見てんだてめえ? どっか行けってか?」
子猫「……」
グラサン「あんだよ? 隣にいるくれえ、別にいいだろうが。ケチくせえ目で見てんじゃねえよ」
子猫「にゃあ」

グラサン「おう、それでいいんだ、それで。男ってのぁ、度量がねえとな。そうだろ、猫ぉ?」
子猫「……」
付喪神とはいえ、もちろん猫語がわかるわけではない。なんとなくだ。
しばらく一人と一匹で空を見上げていると、小雨が降ってきた。

 

グラサン「……今日はとことんツイてねえな。俺もおまえも」
鞄から折りたたみ傘を取り出して開く。

 

グラサン「はっは、いいだろう?」
子猫「……」
見つめ合って。考えて。顔をゆがめて。ため息をついて。舌打ちをして。

 

グラサン「だあ、もう。……おらよ」

 

子猫「……」

 

子猫の段ボールにかけた。自身はジャケットを脱いで、頭からかぶる。サングラス姿も相まって、端から見れば不審者だ。

グラサン「ショバ代だ。てめえにやるよ」
子猫「にゃあ」
グラサン(猫缶は空か。こいつ、いつからここにいやがるんだ)
グラサン、鞄から包み紙に入ったフィッシュサンドを取り出す。
グラサン「てめえは運がいい」
子猫「にゃあ!」

 

おなかが減っているのか、子猫は段ボールの縁に前足を掛けた。
グラサン「ちょっと待て。待てって」
グラサンはパンの間から魚フライだけを取りだして、指先で衣を外し始めた。しかし子猫はグラサンの手元まで首を伸ばすと、パクリとフライを咥えて段ボールに引っ込む。

 

グラサン「ああ!」
グラサン「……おま……。半分は俺のだっつーのに……。衣も完全に剥がれてねえし、腹下してもしらねえからな、クソ猫が」

音声はこちら

 

文句を言いながらも、グラサンは頬を緩めてパンだけを口に入れた。しばらく黙って、一人と一匹で咀嚼する。
グラサン(こうして雨の夜空を見上げていると、いつも思い出すことがある)
グラサン「……あンとき俺ぁ、どうすりゃよかったんだろうなあ……」

 

子猫「にゃあ?」

 

自身の取った行動が正しかったのか、今でもわからない。昔のことを思い出すと、胸が苦しくなる。

グラサン「俺ぁ昔、飼いメガネだった。俺の飼い主――主人は付近じゃ有名なごろつきで、世間的に見りゃあ、もうどうしようもねえやつだった。けど俺はご主人のお気に入りのサングラスでな、いつも鼻の上に乗っかって一緒に肩で風切って歩いたもんだ。ずいぶんと悪さもしたし、危ねえ橋も渡ってきた。とにかく外出するときはいつも一緒だった」

音声はこちら

 

ーつづくー